就農への道のり

介護士から転職して農業への道のりをリアルタイムで記します。

農業学校 実習

一週間前、農業学校の入学式があった。

約30人今日の方々が入学し、午前中は講師、学校スタッフの紹介に続き、入学者の農業への抱負と卒業時にどうなっていたいかを一人一人全員の前で発表を行った。

各自、農業への想いの違いこそあれ年間60万円もの大金を支払い入学したのだから、おおよそ中途半端なものではない。

 

実家の農業を継ぐための準備で来た人、農機具メーカーの人、定年後の老後の活動を模索しにきた人、そして新規就農の可能性を探りにきた人、そして本気で就農を志す人。

 

一度社会に出て、新たにお金を払って学びにきた人達だから、現役の学生の不揃いなそれとは違い熱意に満ちている。

年齢も30代から70代と幅広いが、残された人生をそれにかけてきた人たちばかりだ。

私の場合も人生をそれに切実にかけている。

常に家族の顔が心に浮かぶ。

家族にとってもこれは賭けのようなもの。

許してくれた奥さんに感謝。

 

その日の午後は植物の原理、つまり、何を持って植物は成長し、その成長を何が阻害するかなど理論を学ぶ。

はぁ〜、植物は自然の神秘などと言ってられない。

確実に科学。
自分を含め、それを創造したのは、神の息吹なのかも知れないが、

原因と結果、法則がある。

早く外に出て、土に触れ、植物に触れ、肌でそれらを感じたい。

 

昨日、待ちに待った農業実習を受けた。

若いながらも一人で就農している、自分より若い男性が講師。

人間同士、相性はあるが自分的には良い先生だと感じた。

安心できるレスポンスのある人。

耕地はされている土地での畝立てとマルチ張り。

私の学校は有機農法を教えてくれているので、土からは牛糞の粘っこい、だが懐かしい香りがする。

鍬や鋤で土を起こし、畝を立てる。

農家ではほぼこの作業をトラクターで行うが、自身で団粒状の土に鍬を入れる。

思いのほかその農地は水はけが悪いらしく、一昨日の雨で、泥状になって重たい土に鍬を入れる。

やり慣れない作業。

武道や競技、人間関係、人の営みには力が入れば入るほど抵抗に遭い、ぶつかる。

一つ一つ鍬を入れるごとに大地にぶつかり、反発をくらい、更に力が入る。

慣れてくれば、力も抜け作業も楽になるだろう。

翌々日(笑)の筋肉痛を想像しながら作業をした。

 

数十人がほぼ一日かけて25mの畝4本をたて、マルチをかけ、ジャガイモの種芋を植えた。

畝ごとに植え方を変える。

どのように、芽が出て、形になるのか楽しみだ。

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20年前の一度きりの長野県の野辺山での高原野菜(レタス・白菜)のアルバイトは殆どが機械作業だったことを思い出した。

トラクターに踏みにじられたマルチ剥がしは辛かったのを覚えている。

 

だが、どちらの作業も外気を感じ、匂いを嗅ぎ、時折空を見上げ、大地と向かい合う。

更には地球と向かい合う作業。

よそよそしかった人たちが作業を通じ打ち解けてゆく。

これは心を開く作業。

アグリセラピーもきっと、効果のある人たちには確実にそれはあると感じる。

帰り際には、チーム用に分けられた圃場で何を育てるか、相談して家路に着いた。

 

心地よい疲労感と、少し焼けうっすら赤くなった顔が火照る。

 

お家に帰り奥さんに今日の出来事を話した。

奥さんは分野外のことを自分の事のように聞いてくれる。

こういう日は少し興奮してなかなか寝付けないが、気がつくと眠っていた。

 

人間らしい。

 

これからの事は、私の努力と運しだい。

新たに自分らしい生き方を模索した私の人生は、これから。

 

この先に何が待っているのかは誰もわからない。

でもこれからもきっと幸せであるように。